今日は、真言密教の三密「身口意」のお話。

わたしは、空海さんが好きです。

空海が興した真言宗の教え

身口意(しんくい)ー三密は、わたしたちが望む未来を創造するための必須事項を、とっても簡潔に教えてくれます。

密教の「三密」は

かんたんに言えば

(しんみつ)やること

(くみつ) 言うこと・思考

(いみつ) 心・意識・焦点

です。

 

「身・口・意」を整えることで

即身成仏(生きたまま仏になる)できる、というのが密教の教えです。

密教の中心的教義には

「身口意の一致で宝の蔵は開かれる」というものがあるそうです。

 

わたしたちが観ているこの現実は

すべて「身口意」によって形づくられるんですが、ほとんどは「無意識」の身口意から創られています。

自分の行動、言葉、意識が、この現実をつくっていることに、ほとんどの人は氣づいていません。

だから、なんでこんな目にわたしが遭うの⁈って、落ち込んじゃったりする。

自分の見る世界の創造主であることに、自覚も責任も持っていません。

あなたの望みと現実が、全然一致していないとき、身口意は、バラバラにはたらいています。

だから、望むとおりの現実を体験できない。

やること、言うこと、想いの焦点ピタっと一致させること

それが、望む人生を生きるためには、何よりも重視することなのです。

 

でも、私たちの目は常に外側を向いていて、つい目の前で起こっていることばかりに意識をとられがち。

自分自身が

何を想い、感じ

何を話し

どんな行動をしているか

私たちはあまりに無頓着です。

 

もし、今の現実が、あなたにとって好ましくないのなら

いちど、自分自身の身口意を客観視してみてください。

 

以前、自分のアタマの中に浮かぶ言葉をひたすらノートに書いていく、というワークをしてみたことがあります。

1時間ほど続けたら、自分が精神分裂症(今は統合失調症ですね)じゃないかと思うほど

方向性がメチャメチャ、グチャグチャの、低レベルなゴミみたいな思考ばかりでした(;^ω^)

 

多分、それは、わたしだけではないはずです。

わたしたちは、一日に平均6万回から10万回思考すると言われていますが、ほとんどの人の思考は野放し状態です。

まったく整合性がない、カオス状態。

無意識に浮かんだ思考につかまって感情を乗せ、それを具現化する

そんなやり方を、わたしたちはずっと続けてきました。

それも、ネガティブな思考を拾いまくって、具現化したその結果が、この、グチャグチャの現実です。

思考をコントロールする、っていう考えがはやりましたが、

10万回の思考をずっと見つめてコントロールするなんて、ちょっと氣がとおくなりますね。

修行者志望の人ならできるかもしれませんが、一般人にはなかなかハードルが高い(;^ω^)

 

そこでまず覚えておいてほしいのは、

「思考は、自分のものではない」ということです。

大体の人は、「思考は自分が考えているもの」と捉えていますが、違います。

わたしたちは、自分の発している周波数に共鳴した情報として、思考を拾うだけ。

そして、その思考に対して、自分の感情を乗せます。

思考(口)は鋳型であり、感情(意)エネルギーが注がれて、行動(身)に移すことで形(現実)ができ上がります。

どこの誰のものかもわからないネガティブな思考を拾って、好ましくない人生を生きるなんて、バカバカしいと私は思いますが、どうでしょう?

どんな思考と共鳴するかは、ただただ、自分自身の「今ここ」の状態にかかっているのです。

感謝やよろこびを感じられることが多いのなら、感謝やよろこびに共鳴する思考を拾うことが多くなるし

怖れや不安の方が強いのであれば、怖れや不安と共鳴する思考を拾うことが多くなります。

「感謝すれば現実は好転する」と多くのスピリチュアリストは言いますが

いろいろな人を見てきて思うのは、怖れや不安を逃れるための感謝は、あまり功を成さないということです。

感謝して何かを得ようとすることは、根本原理から外れています。

なぜ、わたしたちはこんなに不安なのでしょう?

何が、そんなに怖いのでしょう?

いろいろな答えが返ってくるしょうが、その最たる要因は、「意識が今ここにない」ことです。

過去を悔やみ、未来を憂う

意識が、過去や未来をさまよい、「今ここ」にいられない。

 

じゃあ、なぜ、過去や未来にばかり意識をとばすのでしょう?

それは、今ここにあることが、他のどんなことよりも重要マターであることを認識していないからじゃないですか?

今ここにいる、ということは、わたしたちにとって最重要マターであるのにもかかわらず。

過去、現在、未来という時制は、直線状の時間軸上の点として、同じウェイトで重要であるかのように考えている人が多いですが、それは間違いです。

過去も未来も、実のないイメージです。

過去に対しても、未来に対しても、エネルギーを注げるのは「今」だけです。

今という瞬間だけが、あらゆるものにエネルギーを与えます。

「未来」の理想イメージと、「今ここ」の瞬間に放つバイブレーションが共鳴したとき、鋳型にエネルギーが注がれ、現実化します。

 

今の自分の現実がつまらない

今、自分がやっていることが、とるにたらない些末なことだと

そんなふうに思っていたら、「今」を取り逃してしまいます。

すると、意識は過去や未来をさまよう

でも、今がどうであっても、

「今ここ」で、自分がやっていることにエネルギーを注ぐこと以上の、未来創造のアルケミーはありません。

理想の「未来」は、「今ここ」の充実の先にしかないからです。

「身口意の一致で宝の蔵は開かれる」という密教の中心的教義

「宝の蔵」とは、「望む現実」を示しているとも取れます。

その蔵が開かれるのは、「今ここ」での身口意の一致によってのみ。

このエネルギーのコヒーレンスー深層的な調和によって、現実は最適なときを選んで現れます。

だから、今ここに没頭できることを、情熱を注げることを、人は求める。

でももし、没頭できるものがない、というのなら、今、自分がやっていること
ーーー呼吸でも、歩くことでも、家事でも、単純作業でも

そうした当たり前の日常に、意識のエネルギーを注いでみるとよいのです。

そんなつまらないこと!って思うかもしれませんが…

 

でも、根氣よく続けてみれば、氣づくはず

つまらないと決めていたのは、浅い思考レベルの「自我」で

「本質」としての自分は、「今ここ」にいるときに、もっとも充実感を覚えるということに。

「今ここ」での「身口意の一致」が、宝の門を開きます❣❣

 

最後までお読みくださりありがとうございました🍀

 

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